目からウロコや知識ゼロの教則本に載せたコラムを手直ししました。
よかったら気分転換にどうぞ♪


すごい曲名だなぁ…

 

10代の頃、地元(岩手一関)ジャズバンドのお手伝い、いわゆるボーヤをしたことがありまして、楽器運びのお手伝いをしながらいろいろ勉強させていただきました。リハーサルの時にちょっと楽譜を見せてもらったら「酒とバラの日々」? なんちゅう曲名だ…、どんな曲なんだろ? と興味津々でした。他にブルボサやAトレインの楽譜もあったと思いますが、本番で曲紹介がなく、どれがどの曲なのか全然分かりませんでした。

「酒とバラの日々」ってどんな曲なんだろう?と気になっていたので、街の小さいCDショップに探しに行きました。ジャズコーナーをじっくり見るのは多分初めてだったので、アダルトコーナーを見るようなドキドキ感の中、見つけたのがオスカーピーターソンの「We Get Requests」でした。ジャケットを見るとまさに僕のイメージするジャズそのものではありませんか! 思わずニヤリとしてアダルトコーナーをあとにしたわけですが、このCDは1年間くらい毎日聴きました。のちにレコードも手に入れて、今も僕の愛聴盤の1枚となっています。

「酒とバラの日々」は、The Days Of Wine And Roses っていう映画の曲で、この Wine を「酒」と訳したんですね。酒という言葉が何を指すかは地方によって様々で、日本酒だったり焼酎だったり、もちろんワインだったり、ウィスキーっていうところもあるでしょうね。「ワインはちょっと苦手で…」っていう人や、「わしゃ日本酒しか飲まん」という頑固者にも映画を観てもらうために「酒」という言葉を使ったのでしょうか。あ、僕はとりあえずビールください。
(2011年のコラムに加筆)

 



こだわりの哲学

 

「便利さだけを求めてちゃダメだ!」という話を別のコラムで紹介しました。最近、便利になり過ぎじゃないですか?鉛筆削らなくなったと思っていたら、いつの間にか文字すら書かなくなりました。譜面は液晶画面で移調もワンタッチ。脳みそノータッチです。コンピュータの音が本物の楽器そっくりになって、しかも何かの間違いでスウィングするようになってしまったらエライことです!

進化なのか退化なのか、そろそろ真剣に考えるときだと思います。

な~んて言いながらパソコンを駆使して動画など作ってるお調子者ですが、「これだけは譲れない」ということだって沢山あります。

レコードを聴くこともその1つで、僕にとってジャズの原点です。金に困ってプレイヤーを売っ払ったことはありますが、レコードだけは大切に持っていました。CDは片手で用が足りますが、レコードは両手で丁寧に扱うので、音楽のありがたみが全然違います。

「これだけは譲れない」

改めて身の回りを見てみると、忘れかけていた大切なことに気付くかもしれません。「ご飯を残さない」「道具を大切に扱う」など、小さい「こだわり」を少しずつ増やして、この先も大切にしていきたいと思います。
(2015年のコラムに加筆)

 



自信はかげろう?

 

何かの拍子に自分の中のやる気スイッチがONになったら、例えば1つのフレーズを徹底的に練習して理解を深めることも必要です。ですが、行き詰ったり気分を変えたいときは、知らんぷりして先に進むのも手です。僕はこの「忍法知らんぷり」をよく使いますが、新しいことを覚えると楽しくなってきて、またやる気がムクムク出てきます。これを繰り返しながらどんどん登っていくわけですが、頼れるガイドがいれば迷子にならず、周りの景色を楽しみながらマイペースで登ることができます。どんどん登って、あっという間に頂上!なーんてそんなに甘くはありませんが、何周も何十周も繰り返しているうちに、いつの間にかレベルアップしている自分に気付きます。何十周もの道のりは、らせん階段を一歩一歩昇っていたんですね。嬉しさと共に大きな自信になります。

ですが、いつも順風満帆とはいきません。道中は無数の壁や障害物、ショッカーのみなさんが行く手を阻み、せっかくつかんだ自信をもぎ取っていきます。ときにはどん底に突き落とされたりもします。

でも大丈夫。地道に積み上げてきた知識と感性があります。しかるべきプロセスを経て身に付けたものは余ほどのことがない限り失うことはありません。良いレコードを聴いたり、書き留めておいた譜面やメモ、練習ノートを読み返しているうちに、いつの間にか自信が舞い戻ってきますので、焦らずマイペースで行きましょう。
(2010年のコラムに加筆)

 


 

幅広くって言うけど…

 

僕は気に入ったレコードを徹底的に聴くタイプで、手持ちのレコードやCDも少ない方だと思います。もっと幅広くいろいろ聴いた方がいいという人もいますね。「広く浅く」と「狭く深く」。一長一短かも知れませんが、ジャズという音楽の懐の深さを考えると、広さよりも深さが重要なのかなと思ってしまいます。例えば旅先で、分刻みであちこち回るより、気に入った街に数週間滞在してじっくりと人と街を楽しむ方が深く心に残ると思うんです。
次から次と聴きまくるより、「これだ!」と感じた数枚を徹底的に聴き込んでみてください。アドリブを全部覚えちゃうくらい。上手くなるコツは、何度も何度もなんども繰り返すことです。

音楽って地層みたいな、深く掘ってみないと分からないことだらけのように思います。地層を断面で見れるような、分かりやすいメソッドを目指して頑張ります。

(2010年のコラムに加筆)

 


 

ハーモナイズって?

 

一般的には「調和する」という意味のようです。音楽だと、メロディと調和のとれたハーモニーを付けること、要するにコードの話ですね。「コード?やばい、俺、Fが押さえられない!」という方、心配ご無用。僕なんかギター始めたころ、コードブックの指板の絵を見てCmajのローコードを逆さまに押さえてましたから。ちゃんと押さえられないからまともに音も出ず、ボンプチプンピンシャーンみたいな音で意味不明、兄にもゲラゲラ笑われるわ、よくぞあそこで止めずに続けたもんだ。でもさんざん笑ったあとに、ちゃんとした押さえ方を教えてくれた兄くん、ありがとう!あの適切な(?)フォローのおかげで今の僕があります。

なーんていう面白い話を思い出して、改めてあの逆さCmajを押さえて見たら、なんとも美しいハーモニーが!! ちゃんと押さえるとBmaj7(#11)というコードでした(6弦の響きはキツイのでミュート)。この逆さC事件、「あ、俺も」なんていう人も結構いたりして? 脱線してしまいましたが、僕が使うコードはほとんどが簡単な形ばかりですので、ご心配なく。


ところで、「誰々の
Cmaj7」とか「このE7は誰々風」とか、よく聞きますよね?それから、「俺が考えたG7」とか「この押さえ方は誰もやってない」などもたまに聞きます。「コードは覚えるものではなく作るもの」と言われてますので、あらゆる形・ボイシングを研究することは、指板のしくみやコードサウンドのバランスをより深く知ることができ、何より「やる気」が増進します。「好きこそものの上手なれ」大変結構なことなのですが、ちょっと注意が必要で、個々のコードの形だけにとらわれてしまう恐れがあります。例えば、自分だけの独特なCmaj7を作ろうと、指をグィーンと伸ばしてやっと届くようなコードを発明し「これは特許出願ものだ! PAFコードだ!」なんて言って喜んでも、それだけじゃハーモニーとしての意味がありません。そこにつなげるG7が必要なんです。独特のサウンドが欲しいならば、その前後も同じムードにしないと、そこだけぽっかり浮いてしまってトンチンカンなハーモニーになってしまいます。

ハーモナイズの意味をもう一度考えてみましょう。「メロディと調和のとれたハーモニー」です。メロディは流れるもので「横の動き・流れ」が重要なんです。1つのコードだけ考えても横の流れは無く、ただの「縦の形」に過ぎません。

 

潮先先生のレッスンを受ける度にウロコが落ちまして、もしわたくしが魚だったら、何ですか、裸魚?ですな。すっかりアカもウロコも落として美しい羽衣を身にまとい、天女の舞のようなハーモニーを奏でる手筈になっておりましたが、頼んでいた羽衣が全然届かない。出来てるはずなのに…と不思議に思いまして、あちらこちらに聞いてみますと、なんだ、あれは自分で取りに行くものだそうですな…

なんだ、そんなオチか!

 

結局、まだまだということで、その遠く険しい道のりを地図も無くさまようこととなりました。おおよその方向と必要な持ち物は潮先先生から教えていただいたので、あとはバーニーケッセルやジョーパスなど、名人のニオイを頼りに進むことにしました。レコードで聴く彼らのニオイは、初めはなかなか気付きませんが、一度嗅ぎ分けると、あまりの臭さに(失礼)もう道に迷う心配もありません。誰のニオイに頼るかは自由ですが、やはり強烈に臭う名人に限ります。じゃないと他のいいニオイに惑わされて、目的の羽衣のことも忘れちゃいますよね。誘惑がいっぱいで困っちゃう!

(2010年のコラムに加筆)


 


 

リズムギター

 

待ってました!と聞こえてきそうなほどリズムギターの人気は根強いです。それもそのはず、ジャズギターは元々はリズム楽器だったそうで、他のリズム楽器とのコンビネーションで強力にスウィングしていたんですね。そしてリズムギターと言えばもちろんこの方、ミスターリズム=フレディグリーンさんですよね。僕は一関のジャズ喫茶ベイシーで育ったので、カウントベイシーのリズムは憧れです。リズムギターはギターでしか出せない独特の雰囲気があり、このスウィングの灯を絶やすことのないよう、しっかり身に付けたいと切に願っています。

 

ところで、ビッグバンドでは4ビートを刻むスタイルが主になると思いますが、なぜか小編成のバンドだとリズムを刻むギタープレイヤーはそれほど多くないと思います。それどころか、ジャムセッションでリズムを刻むと他の楽器のプレイヤーから嫌がられる、なんていう話も聞いたことがあります。確かに曲の雰囲気によってはキザミが合わないこともあるかも… にしてもですよ、伝統的なギター奏法を否定されたような気分で、先人の努力に対しても申し訳が立たないではありませんか!この際、大いに突っ込んで考えませんか!

 

他のリズム楽器、例えばドラムやベースはリズムがしっかりしていないと務まりませんので、リズムトレーニングを十分に積んでいるはずです。責任重大であることをちゃんと意識していると思います。一方、ギタープレイヤーは、メロディ・アドリブ・バッキング・イントロ・エンディングなどなど、やることがいっぱいでリズムトレーニングまで手が回らない、というのが実際のところ、なのかも知れません。リズム練習が十分じゃないまま「チャッチャッチャッ」っと刻んでも… なるほど、嫌がられても仕方なさそうです。

 

宮城のグラントグリーン、心の友である鈴木勇次さんから10年以上言われ続け、メルビンラインさん、グラディテイトさんとご一緒させていただいてようやく気が付くことができたリズムの厳しさ。自分のリズムの甘さを嫌というほど思い知らされ、一から叩き直している今の僕の練習内訳は、メロディ20%、ハーモニー5%、リズム…200%という、まさにめちゃくちゃな割合で、こうでもしないと3要素(メロディ/ハーモニー/リズム)のバランスが取れないほどリズムが弱いのです。ギターはリズム楽器ということを改めて噛みしめる今日この頃です。

(2010年のコラムに加筆)

 




余裕が大切


仲間の音をしっかり聴いて反応したり、お客さんの反応を感じたり、「余裕」はとても大切です。ひとりで突っ走って弾き倒してダントツ1位でゴール!「よっしゃ!」とうしろを振り返ると、他のメンバーやお客さんが肩を組みながらニコニコ楽しそうに歩いてくるではありませんか。缶ビールを飲んでる人もいる… こんな虚しいカケッコをしていたら周囲の景色も、歩いている美女にも、困っているおばあちゃんにも、気が付くことができません。

家で一生懸命に練習したら、ジャムセッションでは全て忘れて、みんなと音楽を楽しむことだけを考えて演奏してみてください。ジャズが好きな人同士が集まる場ですから、相乗効果で楽しさは更に倍!になること間違いなしです。家での練習の成果は意識しなくてもそのうち自然に出てきますので、何も心配いりません。

簡潔・明瞭でテンポよく話す人の説得力は、なるほどその通り!と納得させられたり、ときに要らんものまで買わされたりしますが、そこに「心のこもった音」が加わると素晴らしい音楽になります。気持ちに余裕を持って、心を込めて演奏しましょう。


新しいことを吸収するときも余裕が必要です。頭が飽和状態では、その時は覚えたつもりでもすぐに忘れてしまいますよね。余裕の大切さは分かってるけどつい見落としがちで、いくら練習しても上手くならん!という人は一度整理してみてください。例えば
7thコードの見分け・アナライズをマスターすれば、パタパタっと頭の中が整理されてメモリの空き容量がどっさり増えます。新しい曲も簡単にコンパクトに覚えられますよ。
2010年のコラムに加筆)



音符は最後まで


よく「あの人は音符が長い」とか「ゆったり聴こえる」とか言いますよね。昔、僕が言われ続けたのは「音符が短い」です。熱心にフムフムと話を聞くわけですが、
10年以上言われ続けたということは、さっぱり分かっていなかったということですね。「音符をもっと長く!」と言われても、長くしたらテンポが遅くなるでしょうが!


今ではやっと意味が分かって、こういうことかな、と一応納得しています。僕なりに言い換えると「拍を
100%まで意識する」です。

普通は80%で意識が途絶えてしまい、残り20%あるのに次の音のことを考えてしまう。なので次の音がジャストよりわずかに早く出てしまう。フライングしてしまい、全体的にせかせかした感じになってしまいます。


僕の場合は、のんびり屋の性格が”凶”を奏し、ジャストより大幅に遅れてしまう傾向があり、全体的にもたもたした重い感じでした。そこに音符が短いと来た日にゃ、なんとも情けない音楽だったわけです。


拍のアタマはジャスト、そしてギリギリまで長く伸ばす
、を意識して練習するといいです。「100%まで」と言いましたが、実際には98%とか99%とかです。100%に近ければ近いほど、次の音にサッ!っと瞬間移動、スパッと切れる包丁みたいな、ゆったり聴こえるのにスピードがある!という相反するようなジャズのビートが生まれます。動きはゆっくりに見えるのに敵がどんどん倒れていく… みたいな。


このジャズのビートは、正しいトレーニングを続けることで身に付きます。どんなフレーズを覚えるより、どんなテクニックを身に付けるより、ジャズプレイヤーとして格段にレベルアップできます。
2010年のコラムに加筆)


 

練習メニュー


八百屋やスーパーで「今晩は何にしようかしら…」と悩むように、我々ギタリストも「さぁ練習するゾ! えーと…」と考え込むことも少なくありません。思いついた練習メニューをあれもこれもと書き出すまでは良いのですが、ノートいっぱいになったそれらを眺めて「おのれ、言わせておけば…」と自分を呪うのが関の山です。ですが、たまに譜面や資料を整理していて昔のメモが見つかったりして「この頃はこんなことを考えていたのか」と懐かしく、なかなか良いものです。今の僕の練習ノートにはこんなことが書いてあります。


・メトロノームに合わせてゆっくりドレミファ

・メトロノームに合わせてキザミ

・メトロノームでアドリブ練習

  ※ メトロノームは♩=50前後で

・イントロ/エンディングをFB♭で

・バッキングをFB♭

・なんか1曲を適当に移調して

・なんか1曲メロディ100

・ルバートでアドリブ

・メロディのハーモナイズ

注意事項

・力まず自然にピッキング

・リズムはヘソで感じる

・音符を最後まで


1日でこんなにできるか!と突っ込みたくなりますが、1週間分のメニューと考えればなんとかなりそうですね。1カ月分でもいいと思います。無理なく「継続」することが大切です。ハードルを高くしてはいけません。独学でなかなか先に進めないのはこれが原因です。ポイントは「余裕で越えられる高さ」にすることです。「これくらいならなんとか越えられそう」では高すぎで、ハードル3つ目でつまずきます。つい欲張ってしまいがちですが、例えば、いわゆるツーファイブフレーズ、3つも4つも練習せずに、まずは1つです。


ジャズが上手くなる一番速い方法は、良い先生に出会って、ハードルをちょうどいい高さに調整してもらうことです。楽しく気持ちよく練習できるように道案内してもらうことです。

高いハードルを越えられるまで、暗くなるまで練習、そんなのもう古いと思います。もっと良い方法があるのではないかと模索を続けるのが良い先生だと思います。教科書通りではなく、練習内容や方法を自分に合うようにカスタマイズしてくれる先生。そういう先生になれるように毎日頑張っています。あ、これは動画ではなく個人レッスンの話です。
2010年のコラムに加筆)

「良い先生になる努力」今も続けていますので、オンラインの個人レッスンもぜひお試しください。ご希望の方はジャズ学ぼうからのメールに「個人レッスン希望」とご返信ください。


 

好きこそモノの上手なれ


ジャズは、一生をかけて取り組む仕事です。プロもアマチュアも関係ありません。
100年以上前に生まれ、良き時代や激動の時代と共に育ち、全盛期を迎えたジャズ。そしてここんとこ半世紀は、あらゆる可能性が模索され… よく分からんくなってきたジャズ。そんな中で、今僕らがすべきことは何か? 「なーんて、そう難しく考えなさんな」と自分に言い聞かせる日々です。ちゃんとご飯を食べて好きなレコードを聴いて、好きにギターを弾いていればいいんですよね。


何か物事を極めようと思うと大変な努力が必要と思ってしまいますが、実際に極めた人の話を聞くと、そうでもないらしいのです。好きだから続けた。続けてたら極まった。努力した覚えはない。という感じでしょうか。頼まれてやることと、自発的にやることでは雲泥の差があると言いますが、これも同じことなんでしょうね。


どれだけジャズを好きになれるか。どれだけジャズに好かれるか。これに尽きる!
2010年のコラムに加筆)

 


 

本質のコピー


コピーというと、好きなプレイヤーのアドリブソロの音を拾ってフレーズをいただく、と考えがちですが、やり方によってはそれ以上に重要な発見をして目からウロコを落とすこともございます。


僕は子供の頃から、人や動物のモノマネは納得いくまで徹底的に練習する性質があります。グラントグリーンに興味があったので徹底的にやりましたが、もしネコに興味があったら徹底的にネコににゃったでしょう。そして、ここ
20年間はチャーリークリスチャンに取り組んでいます。


本質のコピーとは、フレーズはもちろん、リズム、音質、勢い、匂いなど、納得できるまで成りきることです。納得には個人差がありますが、音楽への思いの深さ、集中力の深さを思い出して、さらに掘り下げてみましょう。同じ曲を
20年間。それくらい深い音楽だと思います。ジャズは。


本質のコピーのコツは、憧れのその人に成りきることです。ただ無心に彼の音楽に向き合い、表情や体の動き、全てを想像した通りに真似します。サングラスをかけてみても良いでしょう。「想像力の深さ」これです。もし他を考える余裕があれば、誰かにその様子を見られないように注意しましょう。


僕が本質のコピーにこだわる本当の意味は、そっくりさんになるためではなく、リズムの鋭さや、一音一音を大切に弾く意識など、集中力を高めるトレーニングのためです。これはプロ、アマチュア関係なく、音楽を愛する気持ち次第で、とにかく本気で向き合うことが大切なんだと思います。
2010年のコラムに加筆)

 



本物を体感しよう


「便利さだけを求めてちゃダメだ」酔っ払った父の口癖ですが、最近この言葉を深く考えることが多いです。科学の進歩は多くの恩恵をもたらしましたが、行き過ぎて、技術・思考の退化を招いているようにも思えます。車の運転が簡単になって、誰でも運転できて便利になった反面、簡単にしすぎたためか、尊い命も奪われています。


音楽では人命にかかわることは殆どないと思いますが、例えばレコードとオーディオの発明・発展は人類に素晴らしい恩恵をもたらしましたが、やはり行き過ぎて、今ではご存じの通りです。丁寧に淹れたコーヒーの味わいや満足感は、インスタントコーヒーをどれだけガブ飲みしたところで到底満たされません。

ヒトやモノの本質を無視した進歩は、実は「退化」な気がします。カセットテープ、せめてCDで止まってくれていれば、音楽の素晴らしさがもっともっと伝わったろうに… なんて考えていたら、次に父と一緒に飲める日が楽しみで仕方ありません。ね?
2010年のコラムに加筆)

 


 

頑固一徹の泣きどころ


僕のピッキングは全くの自己流です。ピックを弦に斜めに当ててグリグリ、手首は使わず腕で弾く、非常に個性的なやり方で、人に何と言われようと「これでいいのダ!」と貫いてきました。頑固一徹にも度合いがありまして、他人の忠告は一切聞き入れないのはハード型。周りの意見を参考にしつつも、やはり我が道を行くのはソフト型? まんじゅうだと思ってガブっとやったら中のあんこが石のように固かった! たぶんハード型より頑固ですよね。いろんな人がいます。


あるとき、この頑固なこだわりがガラガラと音を立てて崩れ落ちました。宮城のギタリストで心の友でもある「ポンのおんちゃん」こと鈴木勇次さんとのセッションで、お互いのギターを取り替えっこして1曲演奏したときのこと… 場所は佐沼のジャズ喫茶エルビン。


僕は自分の音のある部分に不満を持っていたのですが、「ピックアップの特性なのかな?仕方ないか…」と、こともあろうに天下の
DeArmond 1100G(ピックアップ)にケチをつけていました。ところがこの人ときたら僕のギターで当然のようにあの「勇次サウンド」を奏でるではありませんか! 嫌味のない音をイヤミったらしく弾いたくらいにして「ん~いいねぇ」だと。ガーン!とタライが落ちてきて、ものすごい衝撃を受けて、その日からこっそりピッキング改造計画が始まりました。とは言え、ごく自然にいつの間にか出来上がったこのピッキング、「箸の持ち方がなっとらん!」なんて今更言われてもねぇ。


他人の忠告には頑固一徹も通りましょうが、現実を目の当たりにして自分で気付いてしまったらそうはいかない。これもやはり目からウロコに他なりません。

今まで考えてもみなかったことに気付くと頭の中の知らないスイッチがパチッと入ったような、何とも不思議な感じがします。長年住んでいる我が家にナゾの地下室を見つけた… なんてちょっとオーバーか。


この出来事から2年ほど経った今、相変わらずこっそりと計画遂行中なのですが、つい現場では「えーい!
 ぐりぐりぐり」と、いつものピッキングなのでした。そりゃそうさ、頑固一徹なのですから…
2010年のコラムに加筆)

 


 

低音のコントロール


ギタリストが集まると話のネタに事欠きません。ギター本体はもちろん、アンプやケーブルの話が始まると、これだけで一晩飲めそうな勢いです。一方僕は、ギターやアンプのことは疎いのですが、アンプのセッティングについては日々研究しています。なかなか思い通りの音が得られず手を焼いていますが、アンプの置き方でもずいぶん音が変わるもので、ひょいと置いただけでいい音が出る日もあれば、あーでもないこーでもないとゴソゴソ始まってドツボにはまる日もあります。

20kgくらいありそうな「線路の枕木」をアンプの台に使ってみたり、細い角材で作ったグラグラする台、などいろいろ試してみましたが、場所によってマッチする台が違うんです。いろんな台をガサゴソ持ち歩いたりして「何屋さん?」という感じでしたが、そんな試行錯誤の中、面白い発見がありました。ギターをアンプにつないで、リアピックアップ辺りの弦を手のひらでバフっと叩いてみたら、アンプから「ボフッ!」というか「ドスッ!」というデカい音が出たんです。ボリュームをゼロにしてギターの生音だとそんなに強力な音はしません。僕の場合、ギターの生音をそのままアンプで増幅した感じがいいので、必要以上に低音が出ているのでは?と気付きました。


ところで、音の話をするとき「音色」という言葉をよく使いますが、僕は「音色と音質」に使い分けています。「音色」というのは人の性格に似ていて、十人十色どちらが良い悪いというわけではなく、好みの問題です。一方「音質」は人格のようなもので、信頼できる人かそうでない人か、というとても重要なことです。以前、ある著名なオーディオ評論家の講演で「音は低音の良し悪しで殆ど決まる」というような話を聞いて、今でも印象に残っています。「人格の成長」に比べれば「音質の調整」は楽チンですが、やはり奥深いです。


僕がセッティングで気を付けていることは、「ボフッ!」っという低音を良い加減に(イーカゲンじゃないよ)調整することです。アンプの置き方や場所によっても変わるのでそう簡単には落ち着きませんが、これが上手く決まればしめたものです。音質さえ決まれば音色の方は演奏しながらその時の気分で気持ちいいところに自然に落ち着くと思います。

アンプのセッティングは本当に難しいことですが、まずは低音に照準を合わせて調整してみてください。きっといい音出せますよ。
2010年のコラムに加筆)

 



フレーズに片想い


譜面から入ると「難しい!」と感じたり、理解はできたけど全然覚えられない、なんていうこともあります。一方、レコードや
CDを聴いて「カッコいいなぁ!今のフレーズどうなってるんだろ?」と音を拾ってみると、なぜかスーッと身体に浸透して、次の日から無意識に演奏に出てきたり。こんなことあるのかな?本当に不思議です。


「片想い・両想い」の違いなんだと思います。フレーズに片想いだと、どれだけ練習しても全然入ってこない。両想いだと一瞬で仲良くなれる、みたいな。 両想いなんてそうそうありませんよね、ほとんどが片想いだと思います。
100回弾いたくらいでは全然身に付きません。ここで諦めるか、想いを貫き通すか(ストーカー行為はいけません)。やはり確実に上手くなるには繰り返し繰り返しの練習です。100万回練習すれば上手くなるで!
2010年のコラムに加筆)